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八王子七福神巡り 八王子市  アップ:2019.1.6

八王子の七福神巡りでは、八王子の〈八〉と末広がりの〈八〉に因んで8つの寺院を巡り、八福を授かります。
七福神は大黒天、恵比寿天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋尊の七神。八王子七福神では、それに吉祥天(きっしょうてん)を加えています。
1月5日に巡りました。土曜日とあって、大勢の参拝者でした。
〈コース〉 中央線・八王子駅-本立寺-伝法院-金剛院-信松院-善龍寺-了法寺-吉祥院-宗格院-中央線・西八王子駅

△ 本立寺の毘沙門天。  中央は伝法院の恵比寿天。  右端は金剛院の福禄寿。

△ 信松院の布袋尊。 中央は信松院ょ開基した武田信玄の娘・松姫の墓所。 右端は松姫尼坐像-特別公開-。松姫死後100回忌に製作されたとか。
  信松院は何回も訪ねているが、松姫尼坐像が見られたことは幸運でした。

△ 善龍寺の走大黒天。  中央は了法寺の新護弁財天。  右端は吉祥院の吉祥天。

△ 宗格院の寿老尊。  中央と右端は、八王子市の資料館で特別展示していた七福神の版木。
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信松院を開基した信松尼 しんしょうに 1561-1616  引用・参考:ウイキペディアほか

 出家前の名は松姫。甲斐国の戦国大名である武田信玄の六女(五女説、四女説あり)。母は側室の油川氏で、甲府の躑躅ヶ崎館で生まれたという。同母の兄弟姉妹には仁科盛信(五郎)、葛山信貞、真理姫(木曾義昌室)、菊姫(上杉景勝室)らがいる。
 7歳の時に織田信長の嫡男・信忠(11歳)と婚約。だが武田信玄の死後、織田家が武田領を侵攻。
 1582年3月11日、武田勝頼自刃により武田家滅亡。松姫は盛信や勝頼、小山田信茂の幼女たちを連れて、10数名の護衛の武士に護られながら、塩山から大菩薩峠~小菅村~檜原村~陣馬街道の和田峠(案下峠)を越えて、3月27日に八王子の上恩方の金照庵へと逃避行。そして北条氏照の祈願寺である心源院へ移って出家。その後1590年に八王子へ草庵を建てて信松院とした。
 八王子には千人同心の組織があり旧武田家の家臣が多くいて、彼らの心の支えになったと伝わる。また松姫は八王子で養蚕や絹織物を伝え、それが「八王子織物」へと発展していく。また松姫は寺小屋で子供たちに読み書きを教えていたという。
 なお大菩薩峠から小菅村へ至る途中に松姫峠があり、松姫が越えた峠ということで、後々に名付けられた。